天体逃避行記

天体写真/天体観測/SF/宇宙

AdSense

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

semi


死にかけの蝉がアスファルトの上でじたばたと最後の呻き声をあげていた。断末魔の叫びなのかもしれない。途切れ途切れの鳴き声と翅を地面に擦りつける嫌な音をたてながら、ずっとその場でもがき苦しんでいた。僕は自転車をこぐのを止め、右手に持っていたアイスが溶けるのも気にせず、しばらくそれを眺めていた。蛍光灯の安っぽい明かりがそれを照らしていた。もう深夜になろうというのに日中の茹だるような暑さがまだ抜けきっていない。蒸し暑さがべっとりと肌にはりついている。

蝉の一生は人間の尺度で見れば驚くほどに短くて儚い。子供の頃にその話はよく聞かされた。幼虫として六年も土の中で過ごし、成虫として生きられるのは夏の間だけなのだ。儚いと思う。だから僕はいまだに、威勢よく鳴く蝉を見るときでさえ、可哀そうな目でそれを見てしまう。夏の間に交尾を終えて死ぬことができればよいが、果たして都会で生きる蝉がつがいとなれる確率はどれくらいのものなのだろう。

「現し臣」という言葉に「空蝉」の字があてられたのも、そういう蝉の儚さを謳ったものではないかと想像することができる。
儚さは常に日本の文化の根底にあった。失われると分かっているからなお美しいという感覚だ。
だけど、例えば桜の散る儚さと、蝉の一生の儚さは少し違う。

そう。僕は蝉に対していつも死のイメージを持っている。

さっきの蝉がまだアスファルトの上でもがいていた。
じりじりと途切れ途切れに鳴き、がさがさと翅を地面に擦らせる。そうすることでこの蝉は最後の生に縋りついているように思えた。
さっきのままの姿勢で僕が蝉を眺めていると、後方から車のライトが差し込んでその場所が一瞬明るくなった。そこは狭い一方通行の道だったから、車は僕の身体のすれすれのところを通って走り去っていった。車が通り抜ける瞬間に、僕は背筋が凍るようなぞっとする音を聴いた。ちょうど車のタイヤの下あたりからだ。すごく不快な音に感じられた。冷静に聴けばそれは薄いせんべいが砕けるような、乾燥した枯葉の上を歩くような、乾いた日常に溢れている音だった思う。だけど、その音のする場所に何があったのかを知っているぼくはとても冷静ではいられなかった。

車のバックライトが見えなくなった頃には、もう蝉の鳴き声は聞こえなくなっていた。

僕はその蝉がいた場所を直視することができなかった。それは蝉の哀れな死骸を見たくなったからじゃない。死のイメージであったものが現実の死をもってその場所にあることを確認するのが怖ろしかったからだ。

右手のアイスは溶けて手にべっとりとついていたが、とてもじゃないけど今それを食べる気分にはならなかった。

スポンサーサイト
EVANGELION STORE

TOWERRECORD

Top

HOME

DTUUS

Author:DTUUS
思いつきでふらふら、好きなことをして生きている学生です。
趣味:読書、芸術、建築、アニメ、ネット、スポーツ観戦、etc

07 | 2010/08 | 09
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

この人とブロともになる

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。