天体逃避行記

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ヱヴァンゲリオン新劇場版:破

※ネタバレを一切、含みません

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http://www.evangelion.co.jp/index.html

ヱヴァンゲリオン新劇場版:破を見に行ってきました。
初日の初回にこだわりたかったので、6時頃から並んでチケット手に入れました。
今日はまだ初日なので、まだ見ていない人が大勢だと思います。
なので、このエントリはネタバレを一切、含みません。

少し抽象的な話になってしまうと思いますが…

ヱヴァンゲリオンはアニメという表現を大きく超えている作品だとぼくは考えています。

今まで描かれてきたアニメのボキャブラリーと、
庵野秀明以外の監督が描こうとしていた世界を、
大きく超えている

これはTVアニメ版のときから感じていたことでした。
けれども、今まではそれをうまく説明できなかった。
それを説明できるほど冷静ではなくて、どっぷり世界観にはまっていましたからね。
なんとなく、アート作品の前に立ったときの感覚に似ていると感じていました。
うまく説明できないけど、なんだかすごいものを見ているという感覚…

でも新劇場版:破を見てはっきり分かった。

それはたぶん、エヴァというのはアニメのスケール感を逸脱しているから
その他のアニメとは違うんだという考えに至りました。

アニメはデフォルメの文化です。
現実の世界を簡略化、あるいは肥大化させて一つの物語をつくり上げる。
そのときにどんなアニメでも一定のスケールで物語をまとめるのです。
“スケール”という言葉の他にいいのが思い浮かばなかったのですが…
“枠組”とかでもいいです。
あるいはどの部分を鮮明に描くかという意味で“焦点”と言ってもいいかもしれない

例えば、機動戦士ガンダムというアニメはアムロ・レイとホワイトベースの人たちを描くことによって、戦争という大きなテーマを描く作品です。
そこには一定のスケールがある。アムロと仲間たちの視点から、いくつもの戦闘が描かれる。

スケールを一定にする。これはいわゆるアニメの定石です。
そうすることによって観客はその作品が描こうとする世界やテーマがすんなり理解できるのです。

しかしエヴァにはその一定のスケールがない。
ばらばらで全然違うスケールが混在している。

戦闘シーンが描かれたと思えば、いきなり学園ストーリーが展開される。
ゼーレという謎の組織の巨大な計画が語られたと思えば、いきなりシンジ君の内的な世界が描かれる。

ある意味スケール感ばらばらで、アニメとして、というより物語として破綻しているのです。
しかし、その“破綻”こそエヴァがアニメという表現を超えている最大の理由だということを、今回の新劇場版:破を見て感じました。


本当にとても抽象的な話になってしまいましたね(笑)
でも、映画を見て何をするより前に書き上げたエントリです。
雑な文章ですが、生の感想を書けたと思っています。

どうかみなさんも、できるだけ早く劇場に足を運んで
新しいエヴァを体験してください!
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トランスフォーマー

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(2008/07/04)
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2007年公開の映画。マイケル・ベイ監督、スティーヴン・スピルバーグ制作総指揮。
圧倒的な物量で描かれるCGが売りのSFX。


土曜プレミアムでやっていたトランスフォーマーを見ました!
すごいですね。
「やつら、加減ってものを知らないのか…!」
圧倒的な物量のCGに押されっぱなしでした。。

あ、先に言っておきますけど
ストーリーについては一切触れませんよ(笑)
つっこんだら負けかなと思います…

見ているあいだ「すごい」しか言ってなかったと思います(笑)
CGであそこまでできるんですね
メイキングが見てみたいと思いました。ビルの破壊シーンはさすがに実写ですよね?
製作費いくらかかったのでしょうか?
調べてみたら約180億円(1億5000万ドル)かかったそうです…
桁が違う。。。

でもアイディアの原点は日本のアニメなんです!
超時空要塞マクロスの三段階可変戦闘機ヴァルキリーですね。
マクロスが放送されたのが1982年だから25年で映像はここまで進化したということです。
去年放送されたマクロスシリーズ最新作のマクロスFもTVアニメとしてはハイクオリティの3DCGIで話題になりましたが、これと比べてしまうと…
アメリカの映画市場の規模の大きさがうかがい知れます。

まあお金かければいいのかと言えば、そんなわけないんです。
実際、マクロスシリーズは映像以外の面でも(ストーリーやキャラクター)よくできたアニメです。
トランスフォーマーのストーリーなんて中学生が考えたような…
あ、ストーリーには触れない約束でしたね(笑)

今、トランスフォーマーリベンジとかいってシリーズ第2段をやってるそうです。
話はつまらないけど最先端のCG技術見たさ映画館に行ってしまいそうです…

UNIQLOCK



テレビに児玉裕一という映像ディレクターが出ていました。
作品がすごくかっこよかったのでしばらく見てしまったのですが、その中のUNIQLOCKという作品が気になりました。
上に貼ってあるのがそうです。

5秒間女の子がダンスしている映像を流して、その次に5秒間時計が表示される。時計が表示されている間に次のダンスの映像がロードされる。さっきとは違うバージョンのダンスが5秒間流される。これが無限に繰り返されていくというウェブサイトです。

ダンスのバージョンが何通りもあって、時間帯によってかわったりするんです。
動画をロードする時間も考えてデザインされてるのがおもしろいと思いました。

制作のプロセスが詳しく書いてあるページを見つけました。
ウェブ開発物語「UNIQLOCK」

UNIQLO CALENDARというのもあって、おもしろかったのでこっちも貼っておきます。
ずいぶん、エントリがポップな感じになりましたね(笑)



UNIQLOのプロモーションはセンスがいいですよね。
オーソドックスな形を選んでカラーバリエーションをそろえたり。UTのショップではディスプレイ用のTシャツは最小限にして、商品はペットボトルみたいなケースにしまって陳列したり。
かっこいいプロモーションに惹かれついつい商品を買っちゃったりします。

UNIQLOCK
http://www.uniqlo.jp/uniqlock/

世界の中心で、愛をさけぶ

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(2004/12/23)
大沢たかお柴咲コウ

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2004年社会現象を巻き起こした、奇跡の純愛映画。
監督は『GO』『きょうのできごと』の行定勲。


セカチューを見ました。激しく“今さら”なかんじですが(笑)
ちょうどセカチューが流行ったときに僕は高校生だったのですが、つまらなかったなあと思ったのを覚えています。。
今見れば見え方も変わるかなと思って見てみましたがやっぱりつまらなかった…

でも映画の作り方はうまいなあと感じました。監督がいいんですね。
大人になった朔太郎がテープを聴きながら昔の記憶とリンクしながら町を歩く感じがすごくいいと思いました。
雨の表現もよかったです。ガラスにたたきつける雨の影が写りこんでいて雰囲気がでていました。

まあでも話がつまらないからダメですね…
この手のラブストーリーは分かりやすさを追求するからつまらないんだと思いました。
もっと人間って醜いと思うんですよね。自分の恋人が白血病になったら、その現実から逃げたりするでしょう。そういうのがまったく描かれない。
あと説明的なセリフが多すぎます。生の人間ならそんな事言わないだろっていうのばっかりでした。
人間描写が乏しいから、感情移入できないし泣けない。だからすごくつまんない作品なんだなあと思いました。

分かりやすい作品だからすごく流行ったんですけどね…
“流行った”だけで、すぐに忘れられる。

ちなみに『世界の中心で、愛をさけぶ』というタイトルはエヴァンゲリオンからとったって知ってました?
最終話サブタイトル「世界の中心でアイを叫んだけもの」からの引用です。

エヴァは分かりづらい。でも、だから“流行った”だけでは終わらなかった。
だれもが理解しようとして、何度もエヴァを見たんです。
セカチューはエヴァに勝てなかったみたいですね

千と千尋の神隠し

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(2002/07/19)
柊瑠美入野自由

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トンネルのむこうは、不思議の町でした。宮崎駿監督が、友人の10歳の少女に見せたいという思いから作り上げた『千と千尋の神隠し』。ベルリン国際映画祭で、グランプリにあたる「金熊賞」をアニメ作品としてはじめて受賞。


昨日の金曜ロードショーで『千と千尋の神隠し』をみました!

いやあ、つまらなかった(笑)
こんなこと言ったら世界中のファンにおこられますが…

最初に見たときから千と千尋はつまらないと思っていたんです。
作品の舞台が湯屋と銭婆 (ぜにーば)の家しか登場しませんよね、これがずっとひっかかってたんです。なんというかダイナミックスがない。
千と千尋にはこういう「退屈さ」がしばしばみられます。
amazonの作品紹介なんかには<「硬」と「軟」という宮崎監督の2面性がほどよくミックスされ、宮崎駿作品の集大成と言える出来栄え。>と書かれていますが、むしろその狙いが中途半端になってしまっていると感じました。
つまり、とても重要なテーマを扱っているのにストーリーを単純化しようとしているところで、退屈な作品になってしまっている。
まあ宮崎駿はこの作品を「10歳の少女に見せたいという思いから作り上げた」と言っていますから、しかたないですけどね。。

それでも、やっぱり宮崎駿はすごい!と思います。
ストーリーは退屈だけど、世界観が良い!
最初のほうなんかが特に好きです。廃れたテーマパークが夜になると神様たちがあつまる湯屋になり、さっきまたいで越えたはずの小川が大きな川になっていて対岸にぽつんと元いた世界の明かりが見える。あのシーンは感動的ですよね
それから、湯屋とその周辺の店の背景美術も日本的で美しいです。
海外の映画祭で評価されたのもこういう世界観があったからだと思います。オリエンタリズムというか、宮崎駿にしか描けない世界がある。

ただ、残念なのはアニメーションとしてこの作品を見たときに、これまたつまらない。
これは宮崎駿はすごいけど、スタジオジブリはもう駄目かなという感想です。
ジブリには良いアニメーターがいないんでしょうか?作画的におもしろいシーンが一つもなかった。
レイアウトは普通だし、見せ場のシーンもそんなに驚くような作画がない。まじめすぎるという印象です。動かすところはもちろん動いてるけど、それはお金はかかってますからね。カオナシと千が追いかけっこをするシーンなんか、もっとめちゃくちゃにやってもよさそうなのに、すごくつまらないシーンになってしまっています。
あと3DCGの使い方が下手すぎます!「なんでそこCGなの?」とか「なんでここCGじゃないの?」というのが多々ありました。

まあ宮崎駿が絵を描けなくなったらジブリはもう駄目かなあと思ってしまいます。吾朗のゲド戦記はひどかったですからね(笑)

涼宮ハルヒの憂鬱

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第8回スニーカー大賞〈大賞〉受賞作『涼宮ハルヒの憂鬱』を京都アニメーションによってアニメ化。もはや言わずと知れた名作だが、あらためてその絶妙なキャスティングやテンポのいい展開、終始クオリティの高い作画などに驚かされる。アニメファンなら一度は見るべき作品


今さらな感じはありますが…
ちょうど『涼宮ハルヒちゃんの憂鬱』と『にょろーん ちゅるやさん』の配信が終わりDVD発売も決定。さらに新アニメーション化がなんだかすごいことになりそうだという時期なので、涼宮ハルヒシリーズについてちゃんとエントリ書いておこうと思います。

思えば、ぼくがアニメにはまるきっかけになったのはこの『涼宮ハルヒの憂鬱』でした。
というとアニメファン歴がまだ浅いことがばれてしまいますが…笑
当時も今も変わらずに思うことは、僕たちは涼宮ハルヒという奇跡を見ているのではないかということです!!
いや冗談じゃなくて…笑

原作のライトノベルも全巻買って読みました。TVアニメも何度見たか分かりません。
そしていつ見てもこの作品は“奇跡”だと思ってしまう。
ぼくは『涼宮ハルヒの憂鬱』を第4次アニメ革命と言ってもいいと思うんですよね。
つまり、ヤマト、ガンダム、エヴァ、そしてハルヒである、と。
ぼくは一般の人(非オタの人)にアニメの話をするとき、いつも慎重になってしまいます。なぜならアニメやオタクに対して偏見のある人はまだ多いですから。。でも「ハルヒが好き」というのは躊躇しません。むしろいろんな人にハルヒを見てほしいから声を大にして言いたいのです。

ハルヒをべた褒めですが…
この調子でハルヒの良いところを書き始めたら、とても一つのエントリにまとめられないとおもうので、ここではそのエッセンスだけ述べておこうと思います。

セカイ系という言葉をご存じでしょうか?
ハルヒを理解するにはこの概念が必要になってきます。

セカイ系 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

セカイ系は「主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、『世界の危機』『この世の終わり』など、抽象的な大問題に直結する作品群のこと」と大まかに定義される。そもそもセカイ系という言葉は明確に定義されないまま、主にインターネットを通じて広がったため、意味するところは諸説あるが社会学、現代文学論、サブカルチャー論などで様々に言及されている。

このセカイ系という概念は現代のアニメ、とくにエヴァ以降のアニメにおいて重要な意味をもってくるのですが、
『涼宮ハルヒの憂鬱』はこのセカイ系のもっとも完成された形であるとぼくは思います。

そもそもセカイ系という言葉ができるきっかけになった幾原邦彦の言葉によると
「最近の若い人はすごく近いことと、すごく遠いことしかわからない。恋愛問題や家族問題のようなきわめて身近な話題と、世界の破滅のようなきわめて抽象的な話とが、彼らの感覚ではペタっとくっついてしまっている」ということなのです。
そして、涼宮ハルヒという人物は「最近の若い人」を描いているのではないかとぼくは推測します。

アニメや原作を見た人は知っているかもしれませんが、涼宮ハルヒは現実に退屈し宇宙人や未来人や超能力者に出会うことを夢見る少女です。
そして実はこの世界は彼女が望んだ通りのかたちになりつつあるのに、本人はそれを知らずに悶々とした日々をおくります。
これがまさに「最近の若い人」ではないでしょうか。現実のことから逃避して、自分のまわりで起きていることにはあまり興味をもたず、ネットやゲームや漫画の世界に居場所を求める。
僕自身がそういう人間だからよく分かります。
ちょっと前の世の中なら“個人”は現実の“社会”と関わらなきゃ生きていけなかった。でもネットやその他のメディアが発展した現代では“個人”が“社会”をとばして“世界”と容易に繋がれるようになった。これがセカイ系の構図であり、「最近の若い人」が持っている価値観です。

『涼宮ハルヒの憂鬱』のなかでぼくが一番好きなシーンは野球場の話をするハルヒなんですが…
これで分かった人はけっこうなハルヒ厨だとおもいますが(笑)

「あんたさ、自分がこの地球でどれだけちっぽけな存在なのか自覚したことある?」

ハルヒは小学生の頃、野球場に連れて行ってもらってそこにいる人の多さに愕然とした。それでも日本中にはその何千倍の人がいて世界にはもっと人間がいる…
そして自分の存在がありふれたもののひとつでしかないことに失望する

「あたしは急にあたしの周りの世界が色あせたように感じた。」

そしてハルヒがとった行動は、七夕の日に宇宙にむかって「私は、ここにいる」とメッセージを送ることだった。このストーリーが『涼宮ハルヒの憂鬱』の根幹をなすわけですが。。

現代とは“個人”と“世界”がつながれる世の中なのです。あるいはそれは幻想かもしれませんが…すくなくとも「最近の若い人」はそういう価値観をもっている。
そしてだれもが「私は、ここにいる」というメッセージを“世界”に向けて発信し続けている。誰に届くか分からないし、誰にも届かないかもしれないけど、とにかく自分を世界に発信してみる。
『涼宮ハルヒの憂鬱』とはこういう話だとぼくは思います。ざっくり言いすぎですが…笑

つまり時代の価値観とうまくマッチした作品だったということですね。
だから売れたし、TVアニメの公開から3年以上たった今でもハルヒブームは冷めない。
それからエントリ長くなりすぎなのでそろそろやめますが、京都アニメーションの仕事も特筆に値します。原作が素晴らしいことは言うまでもないですが、キャスティングや脚本、作画、プロモーション。どれをとっても名作に恥じない仕事をしていると思います。

さて新アニメーション化ですが…第8話「笹の葉ラプソディ」でついに新作きましたね!
第2次ハルヒブームはすぐそこまできているといった感じでしょうか。
今後の展開に期待です!



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Author:DTUUS
思いつきでふらふら、好きなことをして生きている学生です。
趣味:読書、芸術、建築、アニメ、ネット、スポーツ観戦、etc

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