感傷と鑑賞。想像と創造。 Sentiment and Appreciation let me Imagine and Create.

サブカルチャーからハイカルチャーまで、縦横無尽に書きまくります。

AdSense

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

test

Test

カナブン

カナブン


街の果ての乱立する高層ビルの向こうの遠い東の空でもくもく立ち込める入道雲に夏の訪れを感じつつ、まだ少し梅雨の抜けきらないじめじめと肌に纏わりつく湿った空気に苛々していた。

家を出てドアに鍵を掛けた瞬間にエアコンの効いた冷たい部屋が恋しくなり、いっそこのまま約束を無視して午後を怠惰に過ごそうかと考えたが、ただちにそれを振り払い、玄関から通じる急な階段を降りると、自転車の鍵を外して灼熱のアスファルトに漕ぎ出した。
駅に向かう道中、暑さで朦朧とする意識のなかでさっきちらりと視界に入った何かが気になってしかたなかった。普通ならそんな些細なことすぐに忘れただろうが、なにしろ今日は暑い。カナブンだ、さっき自転車置き場に転がっていたカナブンの死骸がどうも気になって頭から離れない。赤紫や金色の混じった金属のような光沢のある深いグリーンの羽根が太陽の光を強く乱反射していた。その色が絵の具のようになって空気に滲み出し、ぼとりとこぼれ落ちて周りに広がっていく白昼夢に囚われた。ぼとり、ぼとりと。
カナブンは嫌いだ。見ると不安になる。嫌いになる理由がとくにあったわけではないが、それはトラウマに近い感情だった。

駅前の駐輪場までは10分くらいだったが、それでも自転車を止めた瞬間に汗が吹き出してきてシャツが背中にまとわりついた。日曜日で、駅のホームは人がまばらで、次の電車が来るまで15分ほど待たされた。その間もじわじわと汗が染み出して、早く車内の空調から出る冷たい風にあたりたいと思った。
新宿駅に着くと今度は人の熱気にまみれて、冷やされた身体がまた火照るのを感じた。地下街を抜けて、さっきまで遠くに見えていた高層ビル群の足元を西に向かって歩くと、しばらくしてパークタワービルが見えた。正面のゲートから入ってエントランスホールにたどり着くと、そこに父親が立っていた。
ぼくの姿を確認すると無言で頷いて「ついて来い」と言わんばかりにゆっくりと歩き出した。ぼくは高層階のホテルロビーがあるフロアの目も眩むような高さからの視界が開けたカフェに連れていかれた。

これからどんな話があるのか知らないが、早く帰りたかった。父親は容赦なく重々しい雰囲気で話をはじめた。
わざわざこんなところに連れてきてする話が楽しい会話になることはないだろうと予想はできていたが、案の定それは気が重くなる類のもので、途中からぼくはほとんど何も考えずにただ頷くだけだった。
窓から見下ろす東京は気を散らすには丁度いい景色だった。手前には高層ビルが並び、不自然ななくらいにこんもりとした緑がその足元の隙間を埋めていた。その先は徐々に建物が低くなり、地平の向こうまで無数の家々が敷き詰められていた。家々の間にもやはり緑があった。遠くの空にはさっき見たのとおなじようにもくもくと入道雲が漂っていた。

まだ父親の話は続いている。ぼくはさっきとおなじように思考停止状態でただ頷いている。目の前に置かれたアイスコーヒーのグラスが汗をかいていて水滴がおち、テーブルに水溜りを作っている。気を紛らすために何か手を動かそうと、そのグラスに砂糖をいれて溶かすことを繰り返していた。アイスコーヒーはもう飲めないくらいに甘くなっていることだろう。
マドラーをかき混ぜつつ、グラスの底で広がっていく水溜りを眺めていると、だんだん頭が混乱してきて目がちかちかしてきた。
ふと窓の外を見ると、視界に飛び込んできたのはカナブンの死骸だった。無数の建物の間にカナブンの死骸が転がっていて、あの赤紫や金色の混じった金属のような光沢のある深いグリーンがギラギラと輝いていた。やがてカナブンの羽根から色が溶けだし、隣のビルにぼとりと落ちた。ぼとり、ぼとりと。カナブンの深いグリーンは水溜りをつくり、隣のビルを同じ色に染め、どんどん広がっていく。
それが白昼夢だということは良く分かったがどうすることもできなかった。

ぼくは無意識にアイスコーヒーのグラスを手に取り、飲み干した。吐き気がするほど甘い液体が喉を通って、胃に落ちる。
何もないよりはましだった。

入道雲はもくもくと形を変えている。父親の話はまだ続いている。

semi


死にかけの蝉がアスファルトの上でじたばたと最後の呻き声をあげていた。断末魔の叫びなのかもしれない。途切れ途切れの鳴き声と翅を地面に擦りつける嫌な音をたてながら、ずっとその場でもがき苦しんでいた。僕は自転車をこぐのを止め、右手に持っていたアイスが溶けるのも気にせず、しばらくそれを眺めていた。蛍光灯の安っぽい明かりがそれを照らしていた。もう深夜になろうというのに日中の茹だるような暑さがまだ抜けきっていない。蒸し暑さがべっとりと肌にはりついている。

蝉の一生は人間の尺度で見れば驚くほどに短くて儚い。子供の頃にその話はよく聞かされた。幼虫として六年も土の中で過ごし、成虫として生きられるのは夏の間だけなのだ。儚いと思う。だから僕はいまだに、威勢よく鳴く蝉を見るときでさえ、可哀そうな目でそれを見てしまう。夏の間に交尾を終えて死ぬことができればよいが、果たして都会で生きる蝉がつがいとなれる確率はどれくらいのものなのだろう。

「現し臣」という言葉に「空蝉」の字があてられたのも、そういう蝉の儚さを謳ったものではないかと想像することができる。
儚さは常に日本の文化の根底にあった。失われると分かっているからなお美しいという感覚だ。
だけど、例えば桜の散る儚さと、蝉の一生の儚さは少し違う。

そう。僕は蝉に対していつも死のイメージを持っている。

さっきの蝉がまだアスファルトの上でもがいていた。
じりじりと途切れ途切れに鳴き、がさがさと翅を地面に擦らせる。そうすることでこの蝉は最後の生に縋りついているように思えた。
さっきのままの姿勢で僕が蝉を眺めていると、後方から車のライトが差し込んでその場所が一瞬明るくなった。そこは狭い一方通行の道だったから、車は僕の身体のすれすれのところを通って走り去っていった。車が通り抜ける瞬間に、僕は背筋が凍るようなぞっとする音を聴いた。ちょうど車のタイヤの下あたりからだ。すごく不快な音に感じられた。冷静に聴けばそれは薄いせんべいが砕けるような、乾燥した枯葉の上を歩くような、乾いた日常に溢れている音だった思う。だけど、その音のする場所に何があったのかを知っているぼくはとても冷静ではいられなかった。

車のバックライトが見えなくなった頃には、もう蝉の鳴き声は聞こえなくなっていた。

僕はその蝉がいた場所を直視することができなかった。それは蝉の哀れな死骸を見たくなったからじゃない。死のイメージであったものが現実の死をもってその場所にあることを確認するのが怖ろしかったからだ。

右手のアイスは溶けて手にべっとりとついていたが、とてもじゃないけど今それを食べる気分にはならなかった。

ハゲタカ

映画 ハゲタカ(2枚組) [DVD]映画 ハゲタカ(2枚組) [DVD]
(2010/01/15)
大森南朋玉山鉄二

商品詳細を見る



NHKで放送されていたTVドラマのほうは全部見ました。
映画は劇場では見れなかったのでDVD借りてきました。

NHKの本気はすごいと思うんですよ。
他の民放じゃ絶対にかないません。
ハゲタカはNHKのそういう意気込みが感じられるドラマでした。
とにかくおもしろいです。

ハゲタカと呼ばれる瀕死寸前の企業を買いたたくファンドビジネスの話です。
TVドラマのほうでは、瀕死の日本を買いたたく米資本のファンドという構図でしたが、今回はサブプライムローン問題後を描いているため、中国やドバイの潤沢な資金を使って日本の企業あるいはアメリカの証券会社を買収するという構図があって、妙にリアリティがありました。
ハゲタカがおもしろいのは、たんに価格の値動きだけに見える株や為替の世界を、登場人物たちの人間性やドラマを徹底して描くことによって、そこにリアリティや泥臭さを与えていることです。
いつか、原作の小説も読んでみたいですね。


こういう作品を見ると、いつも思うことがあります。

ぼくは搾取される側の人間にも支配される側の人間にもならない。
自らが搾取することや支配することには興味はないけど、金や権力に振り回される生き方は絶対にしたくない。
そういう既成の巨大なルールやシステムは抗うことのできないやっかいなものだけど、利用しようと思えばできないこともない。
足元をすくわれないように注意しながら、できるだけ流れに逆らわないように、うまく距離感を保ちながら、ルールやシステムは利用してやるべきだと思う。

ハゲタカは、ルールやシステムを利用した人の成功と失敗、ルールやシステムに利用された人たちの成功と失敗が全部描かれています。
すごくいろんなことを考えさせられる優れた作品です。

ソラニン

ソラニン
映画「ソラニン」公式サイト


ソラニンの映画を見てきました。
原作は買って読んでいたので、見ようと思っていたのですが…
もう公開からだいぶたってしまいましたね^^;

映画の感想の前に…漫画の感想をまだ書いてなかったので、ここで書きます。
ぼくは正直、浅野いにおの漫画は好きじゃないです。
まず登場人物に共感できません。そもそも、ああいう物事を斜めに見てるような人たちがあんまり好きじゃない。
それから、真面目な台詞を笑いでごまかすような書き方も好きじゃありません。あれは表現する事からの逃げだと思います。
人の死をドラマチックに書くような表現も、同じ理由で好きじゃないですね。
結果的に、若者のリアリティを描いているように見せかけて本質的なことは何も描いていない薄っぺらな作品が浅野いにおには多いなと感じます。

でも、ソラニンはストーリーの展開がうまいと思うんですよ。
あの2巻っていう長さもちょうどいいです。
それから、芽衣子のモノローグがすごくいい。
心理描写がうまいし、センチメンタルな雰囲気があって、切なくていいです。
芽衣子は感受性豊な等身大の女の子として描かれていて、周り見えてないけど自分なりに一生懸命な感じで。。なんかかわいいですw
そういうのがあるから、ぼくは浅野いにおの作品のなかでもソラニンはいいなと思うんです。


そして、ここからが今日の映画の感想です。
結論から言うと、映画はすごく良かった!!

映像がとってもいいです!
綺麗だし、あの漫画ソラニンの独特な日常風景の描写が表現されていたと思います。
三木監督って調べてみたらPVの映像制作をずっとやっていた人なんですね。
音楽の入り方とかがすごく心地よかったです。
あと、やっぱり最後のライブのシーンは漫画も良かったですが、音と映像が入るとやっぱりいいですね。なんかいろんなことが伝わってきました。

そういえば、ぼくは一度だけ誘われてライブハウスに行ったことがあるんですよ。
ガールズバンドのギターボーカルをやっている女の子で、ライブをやるから見に来てほしいと誘ってくれて。彼女は本気でプロを目指してると言ってました。そのライブはすごく印象に残っています。
まず、演奏してる姿が普段の彼女からは想像もつかない感じだったことに驚きました。それからライブハウスの雰囲気とかあのでっかいスピーカーからの爆音と振動とか、スモークとかスポットライトとか…すべてが衝撃的でした。

芽衣子たちのライブシーンでふとそんなことを思い出しました。
映画ではさすがにそこまでのライブ感はでないですが、宮崎あおいの歌声がいいし、ライブハウスのあの雰囲気がよくでてるなと思いました。

あと、映画には漫画にあったギャグが削られてたのが良かったと思います。
そのぶん彼らの切実な思いみたいなのが伝わってくるように感じました。
切ない描写もとてもよくて、不覚にも涙が出てしまったところがいくつかありました。

まだ、けっこう多くの映画館で上映中なので、興味がある方は是非。
EVANGELION STORE

TOWERRECORD

Top|Next »

HOME

DTUUS

Author:DTUUS
思いつきでふらふら、好きなことをして生きている学生です。
趣味:読書、芸術、建築、アニメ、ネット、スポーツ観戦、etc

10 | 2014/11 | 12
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

この人とブロともになる

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。